白い林檎、硝子のスープ

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タナーと謎のナチ老人 ローレンス・ブロック

例えば007の魅力とは何か。魅力的なストーリー展開、迫力あるチェイスシーン、ヒロイン役の女性との愛。そのすべてがうまく融合することによるものが大きいだろう。
そもそもスパイ小説、スパイ映画において主人公は必ずと言っていいほどかっこいい。そしてスパイという任務上いたしかたない程度の罪は起こすものの、最終的な考え方ははじめから終りまである程度一貫している。この小説は、それらスパイを主役とした物語の定型を皮肉るような展開が連続する、一風変わったスパイ小説である。
主人公タナーは朝鮮戦争に行った際に銃弾を受け、眠れない身体になってしまった。眠らなくてよくなった彼は暇を持て余して独学で様々な技能を習得し、大学生の修士論文などの代筆のアルバイトをしながら「イギリス地球平面協会」などといった非常にいかがわしい団体に片っ端から加盟していく。とある事情(前作『怪盗タナーは眠らない』)でスパイになってしまい、本作ではネオナチの老人を救出するためプラハへ向かう。
この小説の特徴はよくあるスパイ小説の定型への皮肉にある。基本的に主人公が淡々と難題をこなしていくので常に一定のテンションで進む。山場というべき城塞からのターゲットの救出任務も、基本的に全て主人公が騙して味方につけたネオナチの女性の色仕掛けで攻略。このように終始馬鹿っぽい流れで進む。
最たるものが救出のターゲットだ。ネオナチの重鎮だった老人を救出するのだが、この老人が徹底的に嫌な奴なのである。口を開けば自分の思想やら功績やらをあることないこと何でも口にして主人公の邪魔をする。トイレに行くたびに食事を要求する。やることなすこと全て鬱陶しいことこの上ない。幸いなことに仮死状態になる病気をもっており、その発作を意図的に起こせるので、主人公は老人を死なせて生き返らせてしながら東側からの脱出を図る。この最悪なキャラにより、タナーは何でこんなことをやらなくてはいけないのだろうか、と自分の任務について自問自答し始め、最終的に最高の結末を迎える。この結末は物語の結末としても任務の遂行としても考えうる限り最高であるが、いかんせん人道的にかなり問題がある。だが、タナーの時折見せる酷薄さを見れば予想はつく。こういう方向でカタルシスを与えるのは新鮮である。
 かなり昔の作品で、世界情勢も冷戦時代のもの。話もかなり古めだが、それでも面白さを失わない、優秀なバカミスである。

(ひろば用の原稿でした)
評価:5