白い林檎、硝子のスープ

読書・ゲームなどの感想を書いていくです

炎の眠り Sleeping in Flame / Jonathan Carroll


 あまりにも古本屋にないのでしょうがないから図書館で借りてきたキャロルの本。4作目、だっけたしか。
 本当に説明しづらい小説なんだけど、個人的には『死者の書』レベルに好き。非常にまとまりがあって、ところどころに出てくるキャロルらしさがいい感じに物語の本筋にマッチしている。変にファンタジー色が強烈だった『月の骨』や無意味にダークすぎる『我らが影の声』と違って、童話を絡めて現実世界にすこしずつファンタジーが擦り寄ってくるのがとっても自然。主人公を含め登場人物には全員に好感が持て、ファンタジー世界は敵意に満ちている。そしてラストに含みを持たせることによって物語を収束から一気に拡散させるのに成功している。
 とにかく一つ読んでみないと好き嫌いすら分からないのがキャロルの作品なので、とにかく一つ手にとって読んでみると良いと思う。それにしてもこれが絶版なのは本当に惜しまれる。絶版でなければ読みやすさ、衝撃の大きさ共にキャロルらしい良い作品で勧めやすいのに。


<引用>
「全く、人生ってつらいわね、ウォーカー。あなたコンピュータ・ゲームしたことある? <ドンキー・コング>とか<ロード・ランナー>とか。あんなひどいものないわ。上達して器用になればなるほど、ゲームの内容は難しく早くなっていくのよ。努力が報われることなんか絶対ない ――むしろ罰を受けてる気分なの!」
「それは人生全般のことかい?それともまだあの女を殴った理由を考えてるの?」
「両方よ! 昨日リュックに殴られた私が今日は他の人を殴ってる。生き方って、上達させたいじゃないの。過ちから学び、正しい判断を下し、罪の意識をなくし、エネルギーを良い形で活用して……」肩をすくめてため息を付いた。「あなたの一つ目の幸せなところまで、あとどれくらい?」
「五分さ。床屋なんだ」



「一度、近づいてきた人に、『きみ、前世でぼくの奥さんじゃなかった?』って言われたことがあるわ。それまでで最高の殺し文句だった」
「そいつはどうなったの?」
 マリスは穏やかに僕を見つめた。「リュックよ。昨日わたしを……殴った人」



「近頃は、自分のしてることを好きな人が少なすぎる。嫌いな仕事や飽きた仕事ばかりだからきちんとやらない。自分が人生においてやってることを楽しんでる人って、見ていて気持がいいんだ。この近くに銀行があるんだけど、窓口の人が金を扱うところが見たくて、それだけのために行くことがある」



「おまけに昔、浮気の相手をするって大変な間違いも犯してる。イヴリンの家で寝る段取りになると、いつも子供の書いた絵が寝室の壁にべたべた貼ってあってさ。あの最中にフレッド・フリントストーン(米アニメの主人公)の顔を見るのがどんなに気の滅入るものか、わかるかい?」



「やあ、ウォーカー! やっと来たか」
 どうしてそんなことになったのか、最初に目に入ったのは豚だった。



「親とはドイツ語、友達とはフランス語を喋った。一つの言葉に飽きるともうひとつに切り替え、別の言葉の世界を丸々一つ儲けたもんじゃ」



「だって、あの人きっと、あんなに好きなケーキに遅かれ早かれ、心臓麻痺か何かひどい病気で殺されるってわかってたに違いないわ。でもそれでも構わなかったのよ。一番好きなものだからこそ、先々どうなろうと、最後の一セント、最後の一息まで、楽しまずにはいられなかったんだわ。すてきじゃないの」こっちを向いた肩と乳房の一番上の部分に、寝室の窓から差し込む柔らかい光が注いだ。「どんなに羨ましかったか口では言えないくらいよ。どうしてかわかる? 生まれてからずっと、私にはそこまで夢中になれるものがなかったからよ。何一つ。あなた以外は。あなたが最初なの。怖くなって当然でしょう?
「思いつめるって素敵な気分だけど、下手をすると命取りだもの」



「それも知っとるのか? そう、イロンカと亭主のレイモンは自分ちの庭で撃ち殺された。誰かが言っとったが、死体を回収に行ったら、イロンカは口に苺を一粒入れたままじゃったと。知って奴は食事もしまいまでさせてくれんのさ」



「おっと。ねえ、ねじを巻いたあとの時計が前より早く動くのに気がついたことある? 巻いてくれてありがとうって。わたしたちのこともそんな感じ。だから結婚したいのよ。あなたといると、体一杯に活力が感じられるの。またねじを巻いてもらったみたいに」



 ハプスブルク宮殿の入口の前で信号が変わったので立ち止まり、窓に目玉やカメラをへばりつかせた観光バスが入っていくのを眺めた。
「気がついたかい? 近頃ウィーンに来てる観光客のざっと二人に一人は日本人なんだ。どういう事だと思う?」
「パリへ行ってマクドナルドに入るだけのアメリカ人より良い趣味してるってことさ」