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白い林檎、硝子のスープ

読書・ゲームなどの感想を書いていくです

シルフ警視と宇宙の謎 ユーリ・ツェー

シルフ警視と宇宙の謎 (ハヤカワepiブック・プラネット)

シルフ警視と宇宙の謎 (ハヤカワepiブック・プラネット)


 提唱する多世界解釈理論を巡り親友であり天才であるオスカーと論争の渦中にあった物理学者ゼバスティアン。テレビの番組でオスカーと議論をした翌日、息子リアムをキャンプに送り届ける途中で息子が誘拐される。犯人と思しき人物からの要求は、医療スキャンダルの秘密を握ると噂される妻マイケの同僚を殺害することだった。彼は要求を呑み、殺人を犯す。そして頭に腫瘍という時限爆弾を抱えた天才警視シルフの捜査が事件を解き明かしていく。
 ミステリーとしては特にいうこともない。ゼバスティアン主観での誘拐場面、殺人場面が描写され、脅迫者に関してもおそらくすぐにわかるが、なぜこんなことをその脅迫者がしたのか、が最後まで分からない。その「なぜ」はかなりアンフェアなものではあるがかなり納得いくというか非常にカタルシスがある。外国では基礎教養なのかもしれないがある有名な小説のキーワードがポイントであり、それを多世界解釈と織り交ぜているのは巧みである。
 個人的にはミステリーというよりも家族を描いた小説としてこの物語は秀逸だと思う。作者の人間描写は非常に透明感があって、訳の影響かもしれないが硬さの中に優しさをにおわせるような柔軟性を感じさせる。とくにゼバスティアンの家族、そして家族とオスカーとの関わり合いの部分で顕著に影響が出ている。透明で繊細なタッチで描かれる家族は暖かさにあふれ、それでいて妻とオスカーの静かな対立、ゼバスティアンのオスカーへの感情など幾つかの部分で冷たさを感じさせる。こういう描写が非常に秀逸であり、それはシルフ警視やその弟子でありライバル的存在でもあるリタやその部下シュアヌファイルなどの関係でも表れている巧みさである。
 メインの物語では多世界解釈をはじめとして非常に哲学的な内容が語られる。そこにゼバスティアンの葛藤、混乱などが語られれていき、誘拐から殺人の場面までは緊迫感に満ちている。そして物語が折り返しに至ってから満を持して登場するシルフ警視は言葉では言い表せないような特殊な推理方法ですぐに犯人を見つけ出す。シルフ警視は死期が近いためかなり哲学的になっておりこの作品の独特の雰囲気を一番明確に表している。
 とにかく独特であり、この透明感にあふれた物語はおそらく面白いとは言えない。けれどもなぜかはよくわからないものの非常に名状しがたき魅力に満ち溢れたこの作品は、おそらく読んだ人の10人に1人くらいはとても心に残る作品となるはずだ。万人受けするとは絶対に言えないが、読んでみると意外と心に残る作品になるかもしれない。

(以下ぐだぐだと)
 すごく好き嫌い分かれる作品だと思う。どうしてもミステリとしてはバカミスに入る部類のものだし、延々と思索にふける登場人物たちっていうのは合う合わないあると思う。だけどやっぱり登場人物の心理描写が絶妙に繊細で、読んでいてすかーっとはいってくる。この感覚はたぶん読んでみないとわからないと思う。
 リタの捜査方法がめちゃくちゃだったりシルフ警視の捜査方法は理解不能だったりこの世界の警察はすごいです。まったく。